2016年5月アーカイブ

2016年5月31日

患者に由来する病理検体の保管・管理・利用に関する日本病理学会倫理委員会の見解

平成27年11月
一般社団法人日本病理学会 理事会・倫理委員会

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 病理部門には細胞診断、生検あるいは手術から得られた検体が保管されている。病理医は高い職業倫理観とプロフェッショナルとしての高度な業務遂行能力を発揮し、これら病理検体を整理・保管し、医療の精度管理のみならず、医学研究の推進、医学教育などに適切に利用する責務を有している。
 このため、病理検体の保管に関し、以下のように考えるのが適切である。

1.病理検体の保管に際しては、患者の尊厳とプライバシーが保護されなければならない。診断書、顕微鏡標本、パラフィン・ブロックあるいは肉眼写真についても同様である。

2.医療機関あるいは病理医としての業務遂行、すなわち病因と病態の解明に資するため、検体由来者である患者やその家族から病理検体の全部あるいはその一部の返還要請があったとしても、正当な利用や適切な管理が担保されない限り、返却・譲与すべきではない。

3.ただし、正当な理由の記載された文書による求めがあれば、返却することとする。

4.なお、返却に伴う病理検体の保管に関しては、公序良俗に反する事態が起こらないよう、保管者に誓約を求める必要がある。


注:
病理検体の返却・提供を求めるための申請書(書式は問わない)には、次に挙げる事項をもれなく記載することがのぞまれます。
1) 申請する施設・機関の名称、施設・機関の長(病院長等)の氏名
2) 患者氏名、受診科、病理臓器が摘出あるいは切除された年月日
3) 返却あるいは提供を求める試料の種類 (病理臓器、病理標本の別を記載する)
4) 返却あるいは提供を求める理由 (セカンドオピニオン、コンサルテーション 等、その内容を具体的に記載する)
5) 試料返却の有無
6) 申請者の氏名、住所、患者との続柄等

「患者に由来する病理検体の保管・管理・利用に関する日本病理学会倫理委員会の見解」説明文

このたび日本病理学会倫理委員会は、医療を取り巻く状況の変化に鑑みて、上記病理検体取扱いに関する従来の見解を一部修正することといたしました。
これまで日本病理学会では、検体由来者である患者さんやそのご家族から、病理検体(細胞診断、生検および手術に由来する検体)の全部あるいはその一部についての返還要請がありましても、医療機関としてあるいは病理医としての業務遂行に支障が生じるという理由で、返却すべきではないと判断してきました。
しかしながら、近年セカンドオピニオン外来が普及し、みずから検査を受けた病院以外で患者さんが治療方針に関する助言を求められる機会が増えてきました。その際に、病理検体(採取された細胞、あるいは、生検や手術によって採取・切除された組織の切片を貼付した病理標本)の提出を求められる局面も生じるため、検査を受けた病院や施設に、患者さんやそのご家族が病理標本の返却を要望される事例が発生するようになりました。そこで、本倫理委員会として、外部委員にご参画いただいたうえで検討を重ねました結果、正当な理由の記載された文書による返却要請があった場合には、病理検体を返却することとするとの結論に至り、別紙のように従来の見解を一部修正することになりました。
そもそも手術や生検に由来する病理臓器や病理標本は、病院長もしくは施設長が、検体由来者である患者さんやご家族から信託を受けたものであり、それらを適正に管理する義務を負っています。しかも病理診断に用いられた病理標本は、「診療に関する諸記録」として、「診療録」と同様に一定期間、病院ないし施設で保管する義務を有します。この見解に変更はありません。
以上、病院・施設にあっては、セカンドオピニオンやコンサルテーションを希望したいとの意向が、検体由来者である患者さんやそのご家族から表明された場合、その理由を記載した文書(注 参照)を病院長等の施設責任者に提出するよう求められたうえで、それに対する適切な判断をされ、病理標本や臓器の返却・提供に応じていただくことがのぞましいと考えます。


参考資料:

【日本病理学会倫理委員会における議論の前提】
1.本見解は細胞診断、生検および手術に由来する検体を対象としており、病理解剖から   得られた検体には適用しない。
2.病理検体を以下の2群に区分けして議論を進める。
  病理臓器:未固定および固定された細胞、組織、臓器であり、病理部門でさらなる加工が加えられていない(凍結ブロックを含む)。
なお、病理臓器は感染性廃棄物として取り扱われる。
  病理標本:病理部門で加工された全ての標本を含む。これには電子顕微鏡/パラフィン・ブロック、プレパラート、肉眼・顕微鏡写真などを含む。
3.「病理臓器」および「病理標本」を医学教育、病理業務の精度管理あるいは医療監視(medical audit)に利用することは、本来の病理業務であり、目的外使用にあたらないが、社会の理解を得る不断の努力が必要である。
4.病理検体を用いた研究は、日本病理学会理事会が平成12年11月に提示した如く、 その必要性、重要性に鑑み、今後も積極的に促進されるべきである。なお、全ての臨床研究が倫理審査の対象となるが、適切な手続きを経る限り、研究を阻害するものではない。
5.症例報告のあり方に関しては、既に日本病理学会として指針(「症例報告における患者情報保護に関する指針」、平成13年11月26日)を提示しており、原則として倫理審査の対象としない。
6.病理検体の保管・管理・利用に関する諸問題に関しては、倫理委員会から日本病理学会に問題提起し、会員が認識や見解を共有した後、それを社会に発信し、その反応 を勘案しながら、学会としての見解を公にすべきである。

【倫理委員会における議論と提案】
1.「病理臓器」は病理診断が確定した後に検体由来者や家族などから返却要請があった場合、正当な理由の記載された文書による求めがあれば、返却することとする。
2.病理診断に用いられた「病理標本」は保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年4月30日)に規定される「診療に関する諸記録」と見なすべきであって、一定期間、病院ないし施設で保管の義務を有するものと考えられる。従って、検体由来者や家族などの返却要請があったとしても、必ずしも返却の義務は負わない。ただし、正当な理由の記載された文書による求めがあれば、返却することとする。
3.「病理臓器」、「病理標本」は何れも検体由来者や家族から病院長もしくは施設長が「信託(trust)」を受けており、適正に管理する義務を負うと思慮される。管理責任者である病理医は二者を不適正に(恣意的に)用いることは許されない。
4.信託を受けるには、検体由来者あるいは家族や代諾者から書面による承諾が必要である。

承諾書には、
  1) 「病理臓器」は一定期間、ブロックは期間を定めずに保管されること。
  2) 医学教育や病理業務の精度管理の他、医学研究にも使用すること。
  3) ゲノム遺伝子解析研究に利用する際にはヒトゲノム遺伝子解析研究に関する倫理指針に規定された倫理委員会の審査を別途受けること。
  などを明記する。

参考:保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年4月30日)
  第九条: 保険医療機関は、療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結の日から三年間保存しなければならない。ただし、患者の診療録にあっては、その完結の日から五年間とする。


2016年5月23日

日本病理学会100周年記念病理学研究新人賞授賞式の御報告

将来的に日本の病理学がバランスよく発展していくためには、臨床側面である病理診断だけでなく、その基盤となる病理学研究も強力に推進する必要があります。ところが昨今の若手医師における研究指向者の激減は憂慮すべき事態です。この問題を少しでも解決するために、本賞は創立100周年記念事業の一環として、医師・歯科医師で35歳以下(平成24年度より変更)の病理学関連講座大学院博士課程在籍者(MD/PhDコースの大学院博士課程在籍者も含む)を対象として平成23年度から設けられたものです。当初の計画では今回が最終の5年次でしたが、来年からさらに5年間継続することが理事会で決定されています。

平成27年度は、2次審査の定員ちょうどの8名の応募者がありました。委員会のすべてのメンバーの確認による1次審査の後に、8名が2次審査に臨みました。第105回日本病理学会総会第1日目午後に2次審査を実施し、以下の5名のみなさんの受賞が決定しました。ますますの研究の発展を祈念します。今年残念ながら落選されたみなさんも、また新たな仕事の進展があった大学院生のみなさんも、来年再度挑戦していただければと思います。


平成27年度受賞者(写真一番右は深山正久理事長、以下右から左に、一番左は安井弥学術委員長)
湯澤 明夏(北海道大学)「髄膜腫および髄膜発生孤立性線維性腫瘍/血管周皮腫の遺伝子解析」
岩崎 健(九州大学)「メルケル細胞癌の病態メカニズムの解明」
紅林 泰(慶応義塾大学)「ヒト腫瘍間質における免疫反応の網羅的な解析」
冨田 さくら(東海大学)「日本における腸管症関連T細胞リンパ腫のゲノムプロファイルと免疫組織化学的形質」
加藤 寛之(名古屋市立大学)「アルコール性肝発がんに対する細胞間連絡能の意義と分子病理学的制御機構」

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病理医・研究医の育成とリクルート委員会 委員長 豊國 伸哉

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